シャッダード朝(英:Shaddadids)は、クルド人の王国で、951年から1191年まで、アルメニアとアラン(英語版)の領域を統治していた。この王朝はドゥヴィン(Dvin)において設立された。アルメニアにおいて長期間統治を行ったため、彼らはアルメニアのバグラトゥニ王家と姻戚関係にあった。
彼らは、ドゥヴィンの都市を統治し、バルダ(Barda)、ギャンジャ(Ganja)等の他の都市も統治し、臣下として仕えているセルジューク朝から貢献に対し、アニ(Ani)の都市を受け取った。1047年から1057年まで、シャッダード朝は、東ローマ帝国軍と何度か戦いを行った。クラ川とアラックス川(Arax)の間の地域がシャッダード朝により統治されていた地域である。
シャッダード朝の統治者
ムハマド・ビン・シャッダード (Muhammad bin Shaddad、A.H.340年/A.D. 951年-971年)
アリ1世・ビン・ムハマド・ラシュカリ? (Ali I bin Muhammad Lashkari、971年-978年)
マルズバン?・ビン・ムハマド (Marzuban bin Muhammad、978年-986年)
アル・ファドル1世・ビン・ムハンマド (Al-Fadl I bin Muhammad、A.H. 375年-422年/A.D.986年-1031年)
アブ・ル・ファト・ムサ (Abu-l-Fa't Musa、A.H. 422年-425年/A.D.1031年-1034年)
アリ2世・ラシュカリ (Ali II Lashkari、A.H. 425年-441年/A.D.1034年-1049年)
アヌーシールヴァーン・ビン・アリ2世・ラシュカリ (Anushirvan bin Ali II Lashkari、A.H. 441年/A.D.1049)
アブ・ル・アスワー・シャヴール1世・ビン・アル・ファドル1世 (Abu-l-Aswar Shavur I bin al-Fadl I、A.H. 441年-459年/A.D.1049年-1067年)
アル・ファドル・2・ビン・Al Fadl II bin Shavur I、A.H. 459年-466年/A.D.1067-1073年)
アスホット・ビン・シャブール1世 (Ashot bin Shavur I、A.H. 459年/A.D.1067年)
アル・ファドル3世・ビン・アル・ファドル2世 (Al-Fadl III bin al-Fadl II、A.H. 466年-468年/A.D.1073年-1075年)
アニ王家(Emir of Ani)
メヌチール(Menuchir、A.D.1075年-1118年) (アニ王家、町のモスクは彼の名から付けられた)[1].
アブ・ル・アスヴァー・シャブール2世(Abu-l-Asvar Shavur II、A.D.1118年-1124年)
ファドル4世・ビン・シャブール2世(Fadl IV bin Shavur II、A.D.1125年-?)
マハムード(Mahmud、?-A.D.1131年)
クシュチクール(Khushchikr、A.D.1131年-?年)
シャッダード(Shaddad、?年-A.D.1155年)
ファドル5世(Fadl V、A.D. 1155年-1161年)
シャハンシャー(Shahanshah、A.D.1164年-1174年) [1]